愛犬と暮らしていると、感情の繋がりをふと感じることがあります。そして犬はとても感情豊かな生き物だと思います。愛犬を怒らせてしまったエピソードと愛犬と私の感情にまつわるお話です。
ご立腹の愛犬
23時頃、愛犬がもぞもぞ「布団へ行きたいです」という、意思表示をしていたので布団へ連れていきました。
少しすると「キャン キャン」と、激しく吠え始める愛犬。
何かあった?と思い、愛犬を見にいくと、とても不満そうな顔をして吠えていました。
その日、私は朝からずっとパソコンで作業を続けており、気づけば23時……。
もちろん、愛犬の食事などはすませていますが、遊んだり構ったりしていなかったのです。
「退屈です」という小さなアピールを何度もしていたのですが、その日はとても忙しく、構ってあげられませんでした。
私が眠る布団の上で、愛犬用の布団(布)を頭にかぶって怒る愛犬。
見た目は少しコミカルですが、本人は必死に不満を訴えています。
「もう少しで終わるから、ごめん」愛犬にそう伝え、急ぎで作業を終わらせます。
「ンッフ ンッフ」と背後から聞こえる愛犬の声。
いくら眠っている時間が長い愛犬でも、丸一日まったく構ってあげなかったら、怒るのも仕方ないと、申し訳なく思うのでした。
私の感情と夜鳴き
愛犬の夜鳴きと、私の感情が連動していると感じることが時々あります。
例えば、モヤッとすることがあってそのままの気持ちで眠ろうとすると、愛犬の夜鳴きはいつもよりエキサイトする傾向があります。
今日は楽しい一日だったなと思いながら眠りにつくと、愛犬の夜鳴きは比較的、すぐにおさまります。確証はありませんが、私の心と愛犬の心はどこかで連動している気がしてなりません。
悲しいことがあると、心なしか愛犬はしょんぼりしているように見えますし、嬉しいことがあると愛犬も笑っているように見えます。
単に私の気持ちのフィルターを通して、愛犬を見ている錯覚かもしれません。
また、嬉しい時や悲しい時に私が「一定の行動」しているのかもしれません。
それを察知し、愛犬の感情が揺らいでいる可能性もあります。ですが、それを考慮しても、愛犬の感情は私の気持ちと連動していると思えてしまうのです。
シニア期と愛犬
特にシニア期を迎えてから、感情の連鎖を顕著に感じるようになりました。
若いころは、留守番をすることや、待つこと、たくさんの我慢を愛犬はしていたのだと思います。
ですが、シニア期を迎え、少しずつ我慢をすることを愛犬は手放しています。
ご立腹の愛犬。「もうそろそろ作業をやめないと、疲れすぎてしまうよ」という愛犬からの忠告だったのでしょう。
これからは、愛犬を“できるだけ”怒らせないように、作業は効率的にやらないといけませんね。
そして今、パソコンに向かっている私の膝の上には、ちょっぴりご立腹の愛犬がいます。
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